夕暮れの田園


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# by yamanomajo | 2017-09-23 06:57 | 瞑想

秋 / Flower Flower



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# by yamanomajo | 2017-09-23 06:35 | 音楽

自然農畑 / 9月上旬~中旬


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# by yamanomajo | 2017-09-19 15:18 | 自然農

生命は / 吉野弘


生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和

しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

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# by yamanomajo | 2017-09-18 17:32 |

苦しみ ― 私の物語、あなたの物語



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# by yamanomajo | 2017-09-13 08:54 | 記事

ネイティブ・アメリカン 聖なる言葉 / ブラックウルフ・ジョーンズ


瞑想は
思考が終わったところから始まる。

見えない声たちに耳を傾けよ、
池の中のカエル、
空の鳥、
折れる小枝や、
シマリスに。

太陽を見上げよ、
月を、
雲を、星の一族を。
彼らは宇宙の歌を歌い、踊る。
彼らはあなたの心に語りかける。

空の太鼓が宇宙全体に響きわたる。
空の太鼓の振動が星たちをまたたかせる。
月がその影を
大いなる水に投げかけ、
潮を引いたり、満ちたりさせる。

空の太鼓に合わせて踊れ。
夜の歌い手たちを讃えよ。
兄弟なる狼や
姉妹なるヨタカが
合唱するのに交じれ。

感嘆の思いで見上げれば、
空の家族もこちらを見下ろす。

空はあなたを求めている、
あなたが空を求めているように。

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# by yamanomajo | 2017-09-11 07:56 | 言葉

不変


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1000年前、この地で空を眺めていた人がいた。
今、この地で誰かが空を眺めている。

空、大地、山々。
時を超えて変わらずにあるもの。
時を超えてつながりあうもの。

人間と自然。
人間と宇宙。
人間と人間。
変わらない真理。

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# by yamanomajo | 2017-09-08 20:43 | 瞑想

自然農畑 / 8月下旬~9月上旬


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# by yamanomajo | 2017-09-04 20:20 | 自然農


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光、影、暗さ、形、色。
すべてに神が宿る。

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# by yamanomajo | 2017-09-02 10:09 | 瞑想

夜に / 志樹逸馬


「夜に」

おまえは
夜が暗いという
世界が闇だという

そこが
光の影に位置していることを知らないのか

じっと目をつむってごらん
風が どこから吹いてくるか
暖いささやきがきこえるだろう

それは
いまもこの地球の裏側で燃えている
太陽のことばだよ

おまえが永遠に眠ってしまっても
新しい光の中で
おまえのこどもは 次々に生まれ
輝いている 変らない世界に住むのだよ

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# by yamanomajo | 2017-09-01 13:04 |

生きがいについて / 神谷美恵子 4


それまでそこで埋没して生きてきた社会や集団との間に距離をおき、そこで行われている価値基準をあらためて検討してみると、多くの場合、それはずいぶんいいかげんなものだったことを発見するであろう。習俗によって決められている価値基準にせよ、単に大勢の人が受け入れているから、ということだけで正しいとされていることが多いのではないであろうか。同じ事柄でも、時代が違ったり集団が違ったりすれば、もう違った基準で判断されているではないか。

こういうことで、社会からはじき出され、疎外された人の眼は鋭くその社会でのものの判断の仕方を批判し始める。それは破壊的な過程ではあるが、古い価値基準から解放されるため、それを乗り越えるためには、ぜひ通らなければならない過程である。

いずれの場合にせよ、価値判断の仕方をほんのちょっとずらすだけでも、ものは驚くほど違って見えてくる。健康な人、外観の美しい人が必ずしも人間として価値のある存在とはかぎらない。「教養」や「成功」や社会的地位が人間の価値を決めるものでもない。立派な夫や子を持つ主婦が必ずしも人間として値打ちの高い者とは決まっていない―

・・・

生きがい喪失の苦悩を経た人は、少なくとも一度は皆の住む平和な現実の世界から外へはじき出された人であった。虚無と死の世界から人生および自分を眺めてみたことがある人である。いま、もしその人が新しい生きがいを発見することによって、新しい世界を見出したとするならば、そこにひとつの新しい視点がある。それだけでも人生が、以前よりも“ほり”が深く見えてくるであろう。もはや彼は簡単にものの感覚的な表面だけを見ることはしないであろう。微笑みの影に潜む苦悩の涙を感じとる眼、体裁のいい言葉の裏にある“へつらい”や虚栄心を見破る眼、虚勢をはろうとする自分を滑稽だと見る眼―そうした心の眼はすべて、いわゆる現実の世界から一歩遠のいたところに身をおく者の眼である。

現実から一歩遠のいたところに身をおく、ということは、生物のなかでも精神能力が分化した人類だけにできることらしい。この能力によって人間はパスカルのいうように、たとえ宇宙に押しつぶされそうになったときでも自分を押しつぶすものが何であるかを知ることができる。動物のように現実に埋没して生きるのではなく、苦しむときには、その苦しむ自分を眺めてみることができる。

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# by yamanomajo | 2017-08-27 07:38 | 言葉

雲が人を見ている


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# by yamanomajo | 2017-08-25 20:46 | 瞑想

大地の波


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# by yamanomajo | 2017-08-24 20:28 | 瞑想

自然農畑 / 8月上旬~中旬


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# by yamanomajo | 2017-08-22 20:30 | 自然農

森の生活 / ヘンリー・D・ソロー 3


諸君がもし、昼と夜とを歓びをもって迎えることができ、その生活が花々や匂いのよい草のように芳香を放ち、かつまたよりしなやかとなって、星さながらに輝き、いっそう不滅なものに近づいたと感じるならば、それこそ諸君の成功にほかならない。自然界はこぞって諸君を祝福し、また、諸君は刻一刻とみずからを祝福する理由をもつことになるだろう。最大の利益と価値は、かえってもっとも認識されにくいものである。われわれは、そういうものが存在することさえ疑いがちである。あるいはすぐに忘れてしまう。じつはそれらこそ最高の現実なのだ。おそらくもっとも驚嘆すべき、もっとも現実的な事実は、決して人から人へと伝えられることはないであろう。私の日常生活がもたらす真の収穫は、朝と夕べの色合いと同じように、触れることも言葉であらわすこともできない。いわば捕らえられた小さな星屑、つかみ取った虹のひとかけらである。

・・・

頭の仕事にしろ、手の仕事にしろ、花ひらく現在の瞬間を仕事のために犠牲にしたくはないと、たびたび思ったものだ。私は生活に広い余白を残しておきたいのだ。夏の朝など、いつものように水浴をすませると、よく日あたりのいい戸口に座り、マツやヒッコリーやウルシの木に囲まれて、かき乱すものとてない孤独と静寂にひたりながら、日の出から昼頃まで、うっとりと夢想にふけった。あたりでは鳥が歌い、家のなかをはばたきの音も立てずに通り抜けていった。やがて西側の窓にさしこむ日差しや、遠くの街道をゆく旅人の馬車のひびきでふと我に返り、時間の経過に気づくのだった。こうした季節に、私は夜のトウモロコシのように成長し、どんな手の仕事をするよりもはるかによい時間を過ごしていたのである。あれは私の生活から差し引かれた時間などではなく、むしろその分だけ普段よりも多く割りあてられた時間だった。私は東洋人の言う瞑想とか、無為という言葉の意味を悟った。たいていの場合、時間がすぎていくことなど少しも気にならなかった。一日の時間がたつにつれて、かえって仕事の量が減っていくような気さえした。朝がきたかと思うと、たちまち夕べになっている。これといった仕事は何一つやりとげていない。私は鳥のように歌いこそしなかったが、自分のとぎれることのない幸運に無言でほほえんだ。戸口の前のヒッコリーに止まったスズメがさえずるように、私はひとりでくすくす笑ったり、声を押し殺して歌ったりしたが、私の巣のなかから洩れるこうしたさえずりを、あのスズメも聞いていたことだろう。

・・・

楽しみをそとの世界に求めて、社交界や劇場におもむく人々に比べると、私の暮らし方には少なくともひとつの強みがあった。つまり、自分の暮らしそのものが楽しみであり、いつも新鮮さを失わなかったことだ。それはつぎつぎと場面が変わる、終わりのないドラマのようなものだった。もしわれわれが、つねにしっかりと生計を立て、自分が学んできたなかでも最終的にいちばんよいと考える方法で生活を規制してゆくならば、決して倦怠感に悩まされることはないだろう。自己の天分になるべく忠実に生きてゆくならば、刻一刻と新しい展望がひらけてくるはずだ。

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# by yamanomajo | 2017-08-22 08:15 | 言葉

孤独、自然、瞑想、哲学、生命。


by 三浦花心
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