キルケゴールの言葉 / セーレン・キルケゴール


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百合と鳥とはあなたの教師であるべきであり、あなたは全く真実に彼らに従い、彼らから学ぶべきであること、すなわち、あなたは百合と鳥のように沈黙すべきであること。

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われわれは百合と鳥とを沈黙の教師として学ぼう、つまり、彼らから沈黙することを学ぼう。

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野の百合と空の鳥は、思い煩っている者たちへの配慮から沈黙をしています。それというのも、誤解はすべて語ることによって、もっと正確に理解されるなら、語ることが、とくに語り合うことが比較を含んでいることによって、生じるものであります。しかし沈黙は、思い煩いを尊重し、ヨブの友人たちのように、思い煩う者を尊敬するのです。

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沈黙をすることを知っている者は誰でも神の子となる、なぜなら、沈黙のうちにこそ、人間の神的な起源へのとり戻された正気があるからである。しかし語る者は人間となる。沈黙をすることを知っている人は何と少ないことだろう。沈黙するとはどういうことなのか、その意味すら解っている人の何と少ないことだろう。

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もし人が心の底から祈るならば、彼には何かが起こるはずです。彼には不思議なことが起こります。彼はその祈りの中で内面的になればなるほど、ますます言葉は少なくなり、ついには全く沈黙するにいたるのです。

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祈ることは、単に沈黙することだけでなく、聴くことでもあります。それゆえ次のようでもあります。祈るということは、自分が語っているのを聴くことではなく、沈黙するにいたることであり、沈黙して、神の語りかけを聴こうと待つようになることであります。

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沈黙とは、一定のはっきりと形をとったあるものではありません。なぜなら、沈黙とは話をしない、ということではないからです。沈黙とは、ちょうど、気持ちのよい部屋の柔らかい照明のようなもの、簡素な部屋の親しみ深さのようなもの、なのです。それは誰も言葉には出さないものですが、確かにそこにあって、慈愛に満ちた力を発しているのです。

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by yamanomajo | 2017-09-30 12:27 | 言葉

孤独、自然、瞑想、哲学、生命。


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