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森の生活 / ヘンリー・D・ソロー 5


このうえなく親切でやさしい、けがれのない、心の励みになる交際相手は、自然界の事物のなかに発見できるものである。「自然」のまっただなかで暮らし、自分の五感をしっかりと失わないでいる人間は、ひどく暗い憂鬱症にとりつかれることなどあり得ない。かつては、健康でけがれのない耳には、どんな嵐も風神アイオロスの音楽のように聞こえたものだった。単純な、勇気のある人間は、なにがあろうとむやみに低俗な悲哀に打ちのめされたりはしない。四季を友として生きるかぎり、私はなにがあろうと人生を重荷と感じることはないだろう。

・・・

突然私は「自然」が――雨だれの音や、家のまわりのすべての音や光景が――とてもやさしい、情け深い交際仲間であることに気づき、たちまち筆舌につくしがたい無限の懐かしさがこみあげてきて、大気のように私を包み、人間が近くにいればなにかと好都合ではないかといった考えはすっかり無意味となってしまい、それ以来、二度と私をわずらわせることはなかった。マツの葉一本一本が共感にあふれて伸び、ふくらみ、友情の手をさし伸べていた。私は、荒々しくもわびしげなものと呼び慣わされている風景にも、自分との近縁関係をありありと感じるようになり、さらにまた、自分との血縁がいちばん近くて、なによりも人間的に思えるものは、人間でも村人でもないことがはっきりわかったので、もはやどんな場所へ行っても、二度と違和感をおぼえることはないだろうと思った。

・・・

私は、大部分の時間をひとりですごすのが健康的だと思っている。相手がいくら立派でも、人とつきあえばすぐに退屈するし、疲れてしまうものだ。私はひとりでいるのが好きだ。孤独ほどつきあいやすい友達には出会ったためしがない。

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人間同士の交際は、一般にあまりにも安っぽすぎる。われわれは互いが益する新しい価値を身につけるためには、ろくに時間を使わなかったくせに、ほとんど間断なく顔を突き合わせている。一日三回、食事だといっては集まり、たがいに鼻もちならないカビの生えた古チーズ――つまりわれわれ自身――をそのつど相手に差し出す。われわれは郵便局や親睦会で、また、毎晩のように炉辺で顔を合わせる。われわれは肩を寄せあって暮らし、たがいに邪魔しあい、たがいにつまづきあう。思うに、こうしておたがいへの尊敬心を失っていくのだ。もっと出会いの回数を減らしたところで、たいせつな、心のこもったつきあいは十分可能であろうに。むしろ私が住んでいる場所のように、一平方マイルにひとりの住人しかいないほうがいい。人間の価値は皮膚にあるのだから、さわってみなくてはわからない、というわけではあるまい。

・・・

私の家のなかには、おおぜいの仲間がいるのである。とくに、訪れる人もいない午前中などは。私の置かれた状況を理解していただくために、二、三の比喩で説明してみよう。私は、けたたましい声で笑うアビやウォールデン湖そのものと同じように、少しも寂しくはない。ほう、あんな孤独な湖にどんな仲間がいるのかね? ところが、ある群青の湖水のなかには、青い陰気な悪魔ではなくて、青い衣の天使が住んでいるのだ。太陽だってひとりである。曇天のときにはふたりに見えることもあるが、ひとりはにせの太陽なのだ。神もひとりである。ところが悪魔となると、ひとりどころか無数の仲間に囲まれ、まさに大軍(レギオン)をなしている。私は牧場に咲く一本のモウズイカやタンポポ、マメの葉やスイバ、アブやマルハナバチと同じように、ちっとも寂しくはない。村の中心を流れるミル・ブルックや風見、北極星、南風、四月のにわか雨、一月の雪解け、新築の家にあらわれる最初のクモなどが寂しくないのと同じように、私も寂しくはないのだ。

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by yamanomajo | 2017-10-29 07:07 | 言葉

森の生活 / ヘンリー・D・ソロー 4


なぜわれわれは、こうもむきになって成功を急ぎ、事業に狂奔しなくてはならないのだろうか? ある男の歩調が仲間たちの歩調と合わないとすれば、それは彼がほかの鼓手のリズムを聞いているからであろう。めいめいが自分の耳に聞こえてくる音楽に合わせて歩を進めようではないか。それがどんな旋律であろうと、またどれほど遠くから聞こえてこようと。

・・・

賢人に倣って、貧しさを庭園の香料植物(ハーブ)のように栽培しようではないか。衣服であれ友人であれ、新しいものを手に入れようと、あまりあくせくするべきではない。つねに古いものへと立ち返ろう。世間はちっとも変わりはしない。変わるのはわれわれのほうだ。

仮に私がクモのように、終日、屋根裏部屋の片隅に閉じ込められていたとしても、自分の思想を失わないでいるかぎり、世界は少しも狭くなりはしない。あまりむきになって新境地を拓こうとしたり、いろいろなものの感化力にたやすく翻弄されてはいけない。それではエネルギーを浪費するだけだ。謙遜は暗闇と同じように、天界の光をあらわにしてくれる。また、貧困によって諸君の活動範囲がせばめられてしまい、たとえば本や新聞が買えなくなったとしても、諸君はこのうえなく意味深い、生気あふれる経験の内部に閉じ込められるだけのことである。否応なく、砂糖と澱粉がいちばんたくさん取れる材料を扱うことになるのだ。物質的に低い暮らしをする人も、精神的に高い暮らしをすることによって失うものはなにもない。余分な富をもてば、余分なものが手に入るだけである。魂の必需品をあがなうのに金はいらない。

・・・

私は行列に加わって、ひと目につく場所をこれ見よがしにパレードする気にはなれない。かなうことなら、ぜひ宇宙の「創造者」とともに歩みたいのだ。こんな落ち着きのない、神経質で、騒々しくて、こせこせした世紀に生きるのは気が進まないから、時代が通りすぎてゆくあいだ、物思いにふけりながら、立ちつくすなり座るなりしていたい。人々はいったい何を祝っているのだろうか? 全員がなにかの準備委員会に入り、毎時間、誰かが演説するのを待っている。神はその日の会長にすぎず、議員が神の代弁者というわけだ。

私は、みずから評価し、決断し、自分をもっとも強く、もっとも正しくひきつけるもののほうに向かって行きたい。秤の竿にぶらさがって、自分自身の目方を軽くしようとは思わない。ある状況を勝手に想像するのではなく、それをありのままに受け入れるようにするつもりだ。私がたどることのできるたった一本の、どんな権力も阻むことのできない道をたどって行きたい。

・・・

私は実験によって、少なくとも次のことを学んだ。もし人が、みずからの夢の方向に自信をもって進み、頭に思い描いたとおりの人生を生きようとつとめるならば、ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる、ということだ。その人は、あるものは捨ててかえりみなくなり、目に見えない境界線を乗り越えるようになるだろう。新しい、普遍的でより自由な法則が、自分のまわりと内部とにしっかりとうち立てられるだろう。あるいは古い法則が拡大され、もっと自由な意味で自分にとって有利に解釈されるようになり、いわば高次の存在からの認可を得て生きることができるだろう。生活を単純化するにつれて、宇宙の法則は以前ほど複雑に思われなくなり、孤独は孤独でなく、貧乏は貧乏でなく、弱点は弱点でなくなるであろう。たとえ空中楼閣を築いてしまったとしても、その仕事が無駄になるわけではない。もともと楼閣は空中に築くものなのだ。今度はその下に基礎をかためる番である。

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by yamanomajo | 2017-10-28 12:49 | 言葉

くるみご飯


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くるみご飯を作りました。



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拾ってきたくるみを数時間水に浸した後、
フライパンでコロコロと転がしながら炒ります。
パチパチと音を立てながら口が開いて割れ目ができます。



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割れ目にマイナスドライバーを入れて殻を割り、
中の実を竹串でほじって出していきます。



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このくらいの量になりました。



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くるみをすり鉢で擦っていきます。



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細かくしたら軽く醤油を加えて混ぜます。
(この段階でくるみの甘い香ばしい匂いがします)



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土鍋に米と水を用意。



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醤油、酒、砂糖、すりつぶしたくるみを加えます。



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全体になじむように混ぜ合わせます。



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ストーブの上で30分ほど炊き上げます。



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炊き上がったら火から下ろして10分ほど蒸らす。



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完成。



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おにぎり。



詳しいレシピ。


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by yamanomajo | 2017-10-23 19:07 | 日々

自然農畑 / 10月上旬~中旬


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赤カブの甘酢漬け。(漬けた直後)


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漬けて数日後。
鮮やかな赤に染まりました。


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大根の甘酢漬け。
爽やかな甘みとシャキシャキ感が美味しいです。

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by yamanomajo | 2017-10-19 18:23 | 自然農

死と共に生きる



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by yamanomajo | 2017-10-15 08:55 | 記事

田園と羽根


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by yamanomajo | 2017-10-13 19:14 | 瞑想

時代おくれ / 茨木のり子


「時代おくれ」

車がない
ワープロがない
ビデオデッキがない
ファックスがない
パソコン インターネット 見たこともない
けれど格別支障もない

そんなに情報を集めてどうするの
そんなに急いで何をするの
頭はからっぽのまま

すぐに古びるがらくたは
我が山門に入るを許さず
(山門だって 木戸しかないのに)
はたからみれば嘲笑の時代おくれ
けれど進んで選びとった時代おくれ
もっともっと遅れたい

電話ひとつだって
おそるべき文明の利器で
ありがたがっているうちに
盗聴も自由とか
便利なものはたいてい不快な副作用をともなう
川のまんなかに小舟を浮かべ
江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも

旧式の黒いダイヤルを
ゆっくり廻していると
相手は出ない
むなしく呼び出し音の鳴るあいだ
ふっと
行ったこともない
シッキムやブータンの子等の
襟足の匂いが風に乗って漂ってくる
どてらのような民族衣装
陽なたくさい枯れ草の匂い

何が起ころうと生き残れるのはあなたたち
まっとうとも思わずに
まっとうに生きているひとびとよ

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by yamanomajo | 2017-10-13 19:03 |

粋に暮らす言葉 / 杉浦日向子


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江戸っ子の基本は三無い。持たない、出世しない、悩まない。

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江戸の人は大人になるということは、あきらめるというのを知るということであって、あきらめないうちは子供だ。あきらめることを知ることによって、どれだけ楽しみが増えるかというふうに言っている。

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こそぎ落していく、背負い込まない、吐いていく、削除していく。そうやって、ぎりぎりの最低限のところまで削り取っていく。命からどれだけすべてのものを出しつくして死のラインまでいきつくか。

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主張があるのは、たいてい野暮です。近代以降は誰しも主張していかないと、アイデンティティーをちゃんと持っていないとダメみたいな、強迫観念がありますが、江戸では敢えて主張しないものに価値を見出すところがあります。

・・・

余分に買って捨てることほど、愚かで恥ずかしい文化はない。捨てるだけの容れ物なんて、もう、はじめから要らない。

・・・

もっと、ずっとシンプルに暮らせるはずなのに、なんでこんなに、生活を武装するほど物を持たなければならなくなったのでしょうか。何を生産するにも、より多く早く安くっていう価値基準を、もう変えないといけない。

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葉をすべて落とした、黒い冬枯れの木に、江戸の粋を見る。蕪村の句の「斧入れて香(か)におどろくや冬こだち」の意気だろう。

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江戸では、頑張るは我を張る、無理を通すという否定的な意味合いで、粋じゃなかった。持って生まれた資質を見極め、浮き沈みしながらも、日々を積み重ねていくことが人生と思っていたようです。

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なんのために生まれて来たのだろう。そんなことを詮索するほど人間はえらくない。三百年も生きれば、すこしはものが解ってくるのだろうけれど、解らせると都合が悪いのか、天命は、百年を越えぬよう設定されているらしい。なんのためでもいい。とりあえず生まれて来たから、いまの生があり、そのうちの死がある。それだけのことだ。

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江戸人は、この、無名の人々の群れです。このような人生を語らず、自我を求めず、出世を望まない暮らし振り、いま、生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、という心意気に強く共鳴します。

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何の為に生きているのとか、どこから来てどこへ行くのかなどという果てしない問いは、ごはんをまずくさせます。

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江戸のころには「闘病」という言葉はありませんでした。かわりに「平癒(へいゆ)」と言いました。病とは、外からやって来るものばかりでなく、もともと体に同居していた、ちいさな身内だったのかもしれません。

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死に至る病を宣告されると、「ガビン、何で私だけが何も悪いことしていないのに」。あれが現代人の弱さですね。江戸っ子にとっての死というのは、突然襲ってくる理不尽なものではなくて、日常の中にいつでもある、それが江戸の懐の深さなんです。

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便利は、不健康だ。不便を、克服してゆく過程で、ひとは、ちからをたくわえていく。

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わたしたちはつねに右肩上がりでないといけないという幻想にさいなまれている。でも本来は去年と同じ年収で暮らせる社会のほうが幸せなんです。

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悟りというのは達するものではなくて瞬間であって、悟った瞬間、また俗にまみれていくんですよ。その人が尊いか尊くないかというのは、生涯のうちに何回その悟りの瞬間が得られるか。

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死を原点として、さかさまに世の中を眺めれば、情愛も忠義も滑稽な舞踏(或いは音のないテレビ)のように見えるでしょう。

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江戸の人たちは概して楽に生きて、楽に死んでいったような人が多いですね。つまり、普段、頑張っていないんです。

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頑張って日々を暮らしていると、死の間際まで頑張らないといけないので、「まだ死ねない。なぜいま死ななくちゃいけないんだ」って死に抵抗するわけですけど、らくーに生きてると、らくーに死ねるわけですよね。

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ニコニコと貧乏をしている。江戸はまるで趣味で貧乏をしているようなところだ。

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江戸の寺子屋の教育の基本は、ただひとつ「禮(れい)」でした。禮を尽くす人になれと教え育てたのです。禮とは豊かさを示すと書きます。豊かさとは心の豊かさで、自分自身の心が満ち足りていなければ、他者を敬ったり、許したりできないということです。

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今ですと、知識を身につけるとか、何かを纏う、つまり何かを抱え込むことによって、悩みから抜け出せたり、外敵から身を守ったりするのが普通ですが、困ったときは裸になれ、ほっぽりだせっていうのが、江戸人の方法です。

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二百五十年続いた泰平の世は、言うならば低生産、低消費、低成長の長期安定社会。モノが少なく、江戸の庶民はみんなが貧乏。

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by yamanomajo | 2017-10-07 13:11 | 言葉


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by yamanomajo | 2017-10-05 07:55 |

自然農畑 / 9月中旬~下旬


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by yamanomajo | 2017-10-01 16:20 | 自然農

孤独、自然、瞑想、哲学、生命。


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