真実 / 千野敏子


d0366590_13592678.jpg


「真実」

真実
真実
真実というただ一つのことをおいて
どうしてこの世を生きてゆく道があろうか。
虚偽の世界に住み
そしてその世界より一歩も出ずして
虚偽のうちに死んでゆく者の哀れさ
真実に生きよう。
つねに真実に生きよう。

今の自分に思想などあるものか。
それは経験より生まれ出づるもの
数々の激しい苦闘
それを闘い抜いて初めて生まれるもの
今の自分はこの世に初めて生まれてきたときの、そのまま
苦闘の経験も何も持たない
ほんの何もない、幸福に浸り切った一人の少女
この自分に思想などあるものか。
やがて思想の生まれてくるときまで
そうだ、いつの日か自分は思想を生む
いや、生まねばならない。
数々の激しい苦闘の後の
輝ける玉の如き思想を
自分は生まねばならない。
やがてその思想を生み出すときまで
自分はつつましく、ひそやかに
文も書き、詩も書いていこう。
世の怒涛に向かって敢然と大声で叫ぶ
それは数々の激しい苦闘の後
誰にも恥じぬ玉のごとき思想の生まれたとき
そのときまで、自分はつつましく、ひそやかに
地球の一隅にじっと座って身の回りのものを眺めながら何でもしていこう。
激しい苦闘の経験の後の玉のごとき思想を
今持っていなくとも
私は誰にも恥じない唯一つの信念を持っている。
真実。
そうだ、これを誰に恥じよう。
真実に生きよう、
常に真実に生きよう。
決して自己を欺くことなしに。
真実という唯一のことなくて
どうしてこの世を生きてゆかれようか。
真実に生きよう。
やがて輝ける玉のごとき思想を生み出すときまで
――そしてその思想を生むに到るまでの
数々の激しい苦闘も
常に信実をもって闘い抜くのだ――
そのときまで、真実に地球の一隅にじっと座って
何でもしていこう。
真実に生きるもののみが、最後の精神の勝利者となることを信じつつ
ひそやかに
真実に生きよう
つねに真実に生きよう。

[PR]
by yamanomajo | 2017-06-22 08:19 |