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子供たちとの対話 考えてごらん / J.クリシュナムルティ


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どの描写も起源を描写できません。
起源には名がありません。
起源は絶対的に静かです。
音を立てて動き回っていないのです。
創造はたいへんに神聖なもので、それは生の最も聖なるものです。

あなたが、生をめちゃくちゃにしたのなら、それを改めなさい。
明日にではなく、今日それを改めなさい。
あなたが不安であるなら、なぜかを見出し、安心しなさい。
あなたの思考がまっすぐでないのなら、まっすぐに、論理的に考えなさい。

そのすべてが定まり、すべてが整わなければ、
この世界、創造の世界には入れません。

・・・

真理は覚えておくものではなく、刻々と発見しなくてはならないものです。
覚えた真理は死んだものです。
真理は生きていて、決して同じものではないから、刻々と発見しなくてなりません。

生は刻々と、日に日に発見しなくてはなりません。
“発見”しなければならないのです。
それは決め込むことができません。
生を知っていると決め込むなら、あなたは生きていません。
一日三度の食事、衣服、住まい、セックス、仕事、娯楽、思考の過程―
このつまらない反復の過程は生ではないのです。

生は発見するものです。
そして失わなければ、見つけたものを片付けていなければ、それは発見できません。
哲学も宗教も慣習も、民族のタブーなども片付けなさい。それらは生ではないからです。
それらのものに囚われているなら、生は決して発見できないでしょう。
そして、確かに教育の機能とは、
いつのときにも生を発見できるように、あなたを助けることなのです。

知っている、と言う人は、すでに死んでいます。
しかし、「知らない」と思う人、発見し、見出している人、
結果を求めず、到達したり、“なる”という見地に立って考えていない人―
このような人は生きています。
そして、生きていることこそが真理です。











by yamanomajo | 2017-06-27 08:33 | 言葉

雪の多い北国で田舎暮らし。独りでいることから何かを見つける人生。カラスたちが友達。自然農で野菜作りをしています。


by yamanomajo