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星といのちのうた 人生のすべてが祈りでありますように

雪はただ白く降りて / 大野百合子 遺稿詩集


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「ある時」

誰もいやしない
けれど誰かがいる
ふかぶかとその人の呼吸が
こんなにも間近だ

誰もいやしやしない
けれどきっと誰かだ
こんなにもやさしく
私を呼びかける


……


「静かさの中で」

珍しく暖かいので
妹をつれた私は
かなり歩いてしまった
小さい山の斜めに坐ると
まだ青くならない草と土の香りがする
空はどうしてこんなにも高いのだろう
風はそんなにつめたくもなく吹いて来る
私は深い静かさにつつまれて
思うともなく
見るともなく
いつまでも坐っていた
私は私の心がきれいになって
静かなものにまざまざと触れ
なにか知りたいと思っていたことをはっきりと知った気がした


……


「灯」

なにか慕わしい気配を感じて
窓をあけると
いつも見る街は
やさしい灯を点して
古風なにおいを持つ
初めての都のように思えた
 
私のすきな人達が
あの一つ一つの灯をかこんで
深く自分を守りながら
愛されて
愛している
そんな平和な気がする


……


「田舎道から」

芝生は波のように
それよりも柔らかに
真青な追憶のように
目の中にゆれて来る

どこまでもつづいた道を
真直ぐに歩いて行くと
午後の陽を背にして
畑に立っている人々は
自分達の作ったこの青物畑を
どんなにか愛していることか
つぶらな青い実が見える葡萄棚は
小鳥達が巣でも作りそうに美しい

遠くから遠くへ風が渡って行く
あゝこの木陰で
一休みして行こう


……


「花」

花瓶に挿した花が
ゆれている
ゆれながら微笑っている
わらいながら匂っている




「蜘蛛の巣」

小さい庭をめぐる
細い竹の垣根に
蜘蛛が巣をかけた
その垣根に
小さい葉をつけた蔦が這っている
何気なく手をさしのべ
何気なくからみついたように

風が吹くと
その葉が揺れて
巣が動く
ほんの風にも耐えない程な
子蜘蛛の初めての営みのような
その小さい巣が


……


「窓」

詩を書こうとして
自分はぼんやりと
何かを見ている時が多い
机の置かれた窓から

或る時は
雨の降りそゝぐのを見ていた
空の色を
そうして又夏の暮れ方などは
夜店へ行く花の車を
けれどこの頃はその窓硝子に
時折り雪の花が咲く

自分はながい事こゝに坐り
ながい事ぼんやりと見ている
しかし自分は
いつかそれを楽しんでいる


……


「家庭」

やさしい父母と
愛するはらからに囲まれて
こゝ私だけの知る
平和な世界
日毎に
花の様にかおる言葉を
私はこゝに見出す
掛け慣れた椅子があり
愛し馴れた小鳥の声が聞かれ
光りを受ける窓があり
さゝやかながら庭がある

私はしばしば自分を忘れ
私のまわりを見廻して
ほゝえむ




「平和」

春のように
私は
晴れやかな光りを
感じる時がある

わたしのまわりが
いつか清められ
小さくやさしい
花のような言葉にうづめられ
私はその中で
光りをあびている心地がする




「ある場所で」

人々が歩いている
さあ大急ぎで、と
言っているように
青空が頭の上にひらけている
そんなことは知らないように
ほゝえみと歌うことを
知らない人のように
誰もかれも
知ることをなくしたように


……


「安息」

青空をゆらゆらと
白鳥が飛んで行く
――そんな気がするのです
その羽ばたきさへ
やさしく風をきり
こゝまで聞こえ来る
――そんな気がするのです


……


「雲」

雲が飛ぶ
雲の飛ぶのを見ているのは
自分の飛ぶのを思うようだ
風があるのか
あんな高いところに
想いがあるのか
あんな遥かなところに
自分がこゝにいるのか
あそこにいるのか

今日の空は
たった一つの雲を浮かして
ただ遥かだ


……


「真夜中」

真夜中
私はふと起き上がり
静けさの中に坐る

真夜中には声がある
深く見つめるところにひそむ力がある
私はどうしようとするのだ
ただ、たった一つのものであるようにと希う

私はまたすぐ眠るだろう
私のすべてを
ただ守る者の手に任せて


……


「夜に」

空に星をまき
地上に平和を与える
手よ
悲しみがあれ
悩みがあれ
私は守られる
手よ
すべてのものの上に置かれる
形なき手よ


……


「雪はただ白く降りて」

雪は
あつきおもいあれど
底ふかくつつめる
静かなるこころなり

山々の峰に
火の如き風に吹かれ
いつかそのこころをはぐくめり

よしや地上に
おもうことかなわじと
嘆く人あらばとて
雪はただ白く降りて
静かなり


……


「或る夜」

灯をともしてそのまゝ
窓から外を見ていた
風もやみ 雪もやみ
一つの星もなささうに
静かだ
なにか匂やかな
ほの白い屋根々々の雪
その上をよく見ると
青い光りが空一ぱいに満ちていた
人々よ
こんな夜こそ
互の胸のうちに忘れられていた灯をかきたて
やさしいものおもひに耽ろう


……


「詩を書く時」

詩を書く時
私は
大空にふかぶかと伸びた
何かの木になるのです
そよ風は
どんな細い梢の先にも
やさしく触れて行きます
そうしてたくさんの小鳥達は
私の肩のあたりに休んでは
また飛んで行きます
誰も知らない中に
きれいな雲が湧くのも
真昼の星が一ぱい白く光っているのも
知っています
いつかの夜は
空と土とが
やさしい言葉を交していたのを
聞いていました


……


「星空」

すべてのものは
夢みるように
眠っている
守られたものの安らかさで
やさしく落ちついて
そしてなんという美しさだろう
今天と地とは一つのものになり
地の上にまで
星が満ちて来た
あゝ自分は
すべてのものを愛しているのに
気がつく


……


「春」

雪解けて
小川のふちに
芹の芽出でたり

我れもまた
あたらしきもの身につけ
すがすがしく心も清まりて
芹の芽の如く
小川のふちに立ちて
こくこくと
その流るゝ音を聞けり


……


「村の詩(思い出)」

村の真中を
川が流れていた
その川のふちら
小さい家が
何にも思わないように
並んでいた
風が吹けば
その窓から
タンポポの穂が飛んで来た
川上ではまひる一ぱい
女の人達がすゝぎものをしていた
村はいつも静かに
明けては暮れた
そして時折りは
旅芸人が太鼓を鳴らして
にぎやかに通り過ぎた


……


「四月のうた」

わが心は
青き空
青き空に
わが歌は
やさしく調べたり
幼きはらからは
われをめぐり
胸毛白き小鳥は
赤き実を地に落しぬ
充ち満つるもの
なべてのものの上にあり


雪はただ白く降りて / 大野百合子 遺稿詩集_d0366590_15542447.jpg
大野百合子(昭和7年7月)









by yamanomajo | 2018-01-25 18:55 | 言葉