ひとりで生きる / 堀文子


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群れない、慣れない、頼らない。
これが私のモットーです。


群れをなさないで生きることは、現代社会ではあり得ないことです。何をするにしても誰かと一緒にしなければならない。それを私はしないような道を選んで、モグラのように地下に潜って生きてきたと思います。そういう生き方を選びましたが、私のような職人にはよかったと思います。


私は、生まれたときの、子どもの頃の、初めて知ったあの感動を取り戻したい。これが目標なんです。この望みをかなえるまで、気を抜かず、わくわくしながら最後の旅を終えたいと思います。


感性が、死の間際まで衰えないと確信できたこの記憶は、病のお蔭だった。


今は死が七割ぐらい体のなかにいます。もう遠いことではなくなった死に対して恐れを感じなくなり、死と共存していますからとても穏やかになりました。死は今では身内のようにいたわり合える間柄になりました。



嘘をついたり、ごまかしたり、飾ったりしていると、自分の身体のなかに自然があることがわからなくなってしまう。細胞もおかしくなるに違いない。嘘をつくと嘘の電流が体のなかに流れるんだと思います。



現状を維持していれば無事平穏ですが、
新鮮な感動からは見捨てられるだけです。



築き上げたものを壊すのは惜しいものです。
お金も、物も、人とのつき合いさえも、捨てることになるのだから。
でも失った無駄が心の肥やしになるはずです。
古い水を捨てなければ新しい水は汲めません。



私も機嫌よく死にたい。生き生きと死にたいということは、たくさんの先輩から学びました。そういう方がこの世からどんどん消えていきます。


「ひとりで寂しくないですか」と質問されることがあります。
私が山のなかでひとりで暮らしているから、まるで化け物を見るように「よく怖くないですね」といわれますが、私にすれば山や森よりも人間のほうがよっぽど怖いのです。



みんなひとりが寂しいといいますが、人といれば本当にさびしくないのかしら?
人はそもそも孤独なんです。



ほかの人といて感じる寂しさ、感性の違う人に接するつらさに対して、自分の気持ちをごまかさないでいられるひとり暮らしという選択もあっていいと思います。「自分」 は 「ひとり」 しかいないんですから。私はひとりでものを考え、怠け、喜びや悲しみを確かめたいと思い、その暮らしを続けることを望みました。



何事であれ、自分の目で見なければ承知できない頑固さが私を支えてきたのです。人から教わったのでもなく、活字で読むのでもなく、自分の手で触って、見て、嗅いで、感じてみないとわからないのです。



私はいつも己と一騎打ちをしています。
自分で自分を批判し、蹴り倒しながら生きる。
そんな自由が好きなんです。



私にとって、しいんと引き締まった孤独の空間と時間は何よりの糧である。



本気で、自分の孤独と向き合う。



日常の暮らしを捨て、世のしがらみから逃れた時、人間本来の新鮮な感覚が戻ってくる。



日本はバブルの真っ最中。 恥知らずの国に成り下がり、品位を失ったこの国で死ぬのは嫌だ。私は日本脱出を決めた。1987年70歳の春のことだ。



この無謀な旅は正解だったようです。見知らぬ国ではひとりぼっちの無言の生活は、かつて人間がもっていたはずの原始の心を甦らせ、いらだちが消え、澄み切った鋭敏さが心を充たしてくれました。



奢らず、誇らず、羨まず、欲を捨て、時流をよそに脱俗を夢見て、私は一所不住の旅を続けてきた。



自分の無能を恥じ、己との一騎打ちに終始し、知識を退け、経験に頼らず、心を空にして日々の感動を全身で受けたいと心掛けた。



肩書を求めず、ただ一度の一生を美にひれ伏す、何者でもない者として送ることを志してきた。



「絵とは?」 年とともに益々その意味も効用も解らなくなる、この原始的な行為。言葉の助けもかりず、絵は通訳なしに時空を超えて人の感性と交信することができ、その働きは自由この上ない。



「うちが焼ける!」 突然全身に電流が走り、時間が止まったような静寂のなかで、私はたしかに聞いた。「在るものはなくなる――」。解らぬ筈の幼児の心を無常観が貫いたのだ。



ただ黙って、手を合わせるような心で、花は見るものである。



自然を求めての計画だったが、東京からの脱出が叶い、大磯の山住まいがやっと実現したのは五十になってからだ。都市での自分が姿を消し、草や木の一員となり、自然のなかに生かされている自分に気づくのに時間はかからず、私はたちまち森の暮らしに順応した。何もかもが珍しい自然の驚きは、俗念とは程遠く澄み切っているのが、かけがえのないことだった。



名のある華やかな花たちは珍重されるが、振り向かれることもなく道端や庭の隅にひっそりと咲く、名もなき花。讃えられることもなく、うとんじられながら志をまげず、生き続けたけなげさ。踏まれても摘まれてもあきらめず、自力で生き抜いてきた名もなき雑草たちの姿には、無駄な飾りがない。生きる為の最小限の道具だてが、侵し難い気迫となって私の心を打つのだ。



美しいさかりのままいさぎよく散る桜の、あまりにもはかない別れは、私たちの心に滅びるが故に美しい、この世の流転の姿をまざまざときざみつけるのだ。



ひまわりの畠の終焉は、その時の私の何かを変える程の衝撃だった。ひまわりは頭に黒い種をみのらせ、生涯の栄光の時を迎えていたのだ。台地を見つめる顔は敗北ではなく、そのやせた姿にも解脱の風格があった。その顔一杯の種は、次の生命を宿し充実していた。



死が生涯の華々しい収穫の時だということを、ひまわりから学んだあの日を私は忘れない。



先を争って地に還っていく落ち葉の美しさはたとえようもない。傷一つない幸せだったもの。患ったもの。虫に食われ穴だらけのもの。神はどの葉にもへだてなく、その生きた姿を褒め称え美しい装いを与えて終焉を飾ってくださるのだ。



山に住み、草木と呼吸を合わせながら日々を送っていると、万物流転のさだめが、素直に我が身にしみるのである。



始まりの生と終わりの死が一つの輪になっていて、永劫に続く命の輪廻がわが身のなかにあり、それを静かに見つめている自分に驚いている。



自然は生きた日々の恨みつらみを消し、決して老残の醜さを見せない。死を迎える時の、あの紅葉の華やぎは命の輪廻を讃える神の仕業だと思う。
無心に生きるものには幸せも不幸もない。私はやっと、苦しみ傷ついたものの美しさに気づく時がきたようだ。


堀文子の言葉 ひとりで生きる / 堀文子

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by yamanomajo | 2018-10-08 08:35 | 言葉