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びろう葉帽子の下で / 山尾三省 詩集 2


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「静かさについて」

この世でいちばん大切なものは
静かさ である
山に囲まれた小さな畑で
腰がきりきり痛くなるほど鍬を打ち
ときどきその腰を
緑濃い山に向けてぐうんと伸ばす
山の上には
白い白雲が三つ ゆっくりと流れている
この世でいちばん大切なものは
静かさ である
山は 静かである
畑は 静かである
それで 生まれ故郷の東京を棄てて 百姓をやっている
これはひとつの意見ですけど
この世で いちばん大切なものは
静かさ である
山は 静かである
雲は 静かである
土は 静かである
稼ぎにならないのは 辛いけど
この世で いちばん大切で必要なものは
静かさ である




「土」

土は 静かである
土の静かさは 深い
人間の どんな沈黙よりも
土の沈黙は さらに深い
鍬という
人間の道具をたよりに
その沈黙を掘る
まるで夢のよう まるで祈りのよう
ただひとつの
いまだ知られぬ 静かさを掘る




「真事(まこと)」

いろりを焚いていると
それは
いろりを焚くという 真事(まこと)であった
明るい炎と
炎の底の 黄金色の燠(おき)の輝きに 導かれて
またしても わたくしがわたくしである 真事(まこと)であった
わたくしの孤独が
眼前の 明るい炎であり
炎の底の 黄金色の燠(おき)の輝きであることを
これまでは 決して知らなかった――
いろりを焚いていると
真事(まこと) ということばに 出会ってしまった




「真事(まこと) その二」

草を刈れば
草を刈ることが 真事(まこと)であった
雨が降れば
雨が降ることが 真事(まこと)であった
いろりを焚けば
いろりを焚くことが 真事(まこと)であった
島人に会えば
島人に会うことが 真事(まこと)であった
真事(まこと)の しばり
真事(まこと)の 旅
ぼくがここに在れば
ぼくがここに在るという 真事(まこと)であった
真事(まこと)の しばり
真事(まこと)の 旅
草を刈れば
草を刈ることが 真事(まこと)であった
いろりを焚けば
いろりを焚くことが 真事(まこと)であった




「二人」

妻と二人で
黙って いろりの火を見ていた
いろりでは
太い二本の木が寄りそって
静かに炎をあげていた
やかんの湯はしゅんしゅんと沸き
ほかに物音とてはなかった
もう 真夜中をとうに過ぎていたが
あんまり静かに
美しく火が燃えるので
いろりを消すことが できなかった
妻と二人で
いろりの火を いつまでも見ていた




「水」

ぼくが水を聴いているとき
ぼくは 水であった
ぼくが樹を聴いているとき
ぼくは 樹であった
ぼくがその人と話をしているとき
ぼくは その人であった
それで 最上のものは いつでも
沈黙 であった
ぼくが水を聴いているとき
ぼくは 水であった




「桃の木」

桃の花が 盛りを迎えた
満開の その桃の木の下に立つと
だれでもが 幸せな気持になった
その幸せは
古代社会の幸せであり
女の人の幸せであり
縄文時代の 幸せであった
青空の中に
桃の花が 盛りを迎えた
満開のその桃の木には
わたくし達の幸せが 花となって咲いていた




「かみさま」

びろう葉帽子の下で じゃがいもを掘っていると
道人がそばにきて
ちきゅうは だれがつくったの とたずねた
かみさまだよ
鍬の手を休めずに 僕は答えた
じゃあ くもはだれがつくったの と またたずねた
かみさまだよ
僕は答えた
じゃあ じゃがいももかみさまがつくったの?
そう かみさまがつくったの
ふーん じゃあかみさまは なんでもつくるの?
アイスクリームも?
そう みんなかみさまがつくるんだよ
へえー かみさまって すごいひとだね
そう かみさまってすごいひとなんだよ
ぼくは鍬の手を止めて
道人の胸の奥に眼をやって
そのかみさまは ミチトの胸の中に住んでいるのだよ といった




「びろう葉帽子の下で その二十二」

びろう葉帽子の下で
海を見る
人々は進んで行く
世界へ 世界へ
宇宙へ 宇宙へと めくらねずみのように 進んで行く
わたくしはむしろ退く
わたくしへ わたくしへ
土へ 石へ 森へと退く
びろう葉帽子の下で
海を見る
じっと 源(みなもと)の海を見る




「こおろぎ その一」

こおろぎが
静かに いっしんに 鳴いている
文明も 進化も 滅びも
ここには ない
地のものであり
地である こおろぎが
静かに いっしんに 鳴いている




「こおろぎ その二」

こおろぎが
静かに いっしんに 鳴いている
水さえ流れず
なにものにも 流れず
地のものであり
地である こおろぎが
静かに いっしんに 鳴いている




「こおろぎ その五」

なぜ こおろぎは 鳴くのだろうか
そして また
そのこおろぎの声を
わたくしは なぜ 聞いているのだろうか
いっしんの 地のものである こおろぎの声を――

なぜ こおろぎは 鳴くのであろうか




「こおろぎ その六」

こおろぎとは 誰か
わたくしとは 誰か
天もなく 地もない 只今此処(ただいまここ)で
鳴いているものは
誰か











by yamanomajo | 2019-02-17 19:45 |

雪の多い北国で田舎暮らし。独りでいることから何かを見つける人生。カラスたちが友達。自然農で野菜作りをしています。


by yamanomajo