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火を焚きなさい / 山尾三省


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「静かさについて」

この世でいちばん大切なものは
静かさ である
山に囲まれた小さな畑で
腰がきりきり痛くなるほど鍬を打ち
ときどきその腰を
緑濃い山に向けてぐうんと伸ばす
山の上には
白い白雲が三つ ゆっくりと流れている
この世でいちばん大切なものは
静かさ である
山は 静かである
畑は 静かである
それで 生まれ故郷の東京を棄てて 百姓をやっている
これはひとつの意見ですけど
この世で いちばん大切なものは
静かさ である
山は 静かである
雲は 静かである
土は 静かである
稼ぎにならないのは 辛いけど
この世で いちばん大切で必要なものは
静かさ である




「石」

石は
終わりのものである
だから人は 終わりになると 石のように黙りこむ
石のように孤独になり
石のように 閉じる
けれども
ぼくが石になったときは
石はむしろ 暖かいいのちであった
石ほどあたたかいものはなかった
あまり暖かいので
そのままいつまでも 石でありつづけたいほどであった
事実ぼくは 一週間ほどは石であった

石は終わりのものではない
石は はじまりのものである
石からはじまると
世界はもう崩れることがない





「樹になる」

ぼくは時どき
樹にもなる

たとえば一本の 椎(しい)の樹になる
全身で
ただそこに根を伸ばし
幹となり 枝をひろげているだけの
椎の樹になる

すると
ぼくは 青いよ
ぼくはみっしり繁る葉だよ
静かに陽が当たっているよ
マメヅタやヒトツバやタマシダ

緑の苔 灰色のカビ
それにノキシノブまでいっしょに
ひとつの生態系だ
ぼくは ただ在る
ただ在る青いひとつの生態系だ

ぼくは時どき
樹になる





「森について」

森は
土と樹々をかかえて
沈黙しつつ 生きている
人は その森に帰る
森は
ひとつの大き闇であり
慈悲である
人は その森に帰る
森の底には
水が流れている
その水もまた 森である
人は そこに帰る その森に帰る




「キャベツの時」

わたし達は
この世界で生きねばならず
この世界を支配している 時間の中で 生きねばならぬが

ふと見ると
雑草だらけのキャベツ畑の時間 と いうものがある

雑草に埋もれた キャベツ畑の時間は
緑が ゆっくりとかたまる時間

よく見ると そこには 人間がかつて知ることのなかった
〈不思議に 巻きしまる〉という時間が
充ちている

世界は大切だし まして日本の社会は大切であるが
たまにはすっかり投げだして
雑草だらけのキャベツ畑で キャベツの時になる





「一日暮らし」

海に行って
海の久遠を眺め
お弁当を 食べる

少しの貝と 少しのノリを採り
薪にする流木を拾い集めて 一日を暮らす

山に行って
山の静けさにひたり
お弁当を 食べる

ツワブキの新芽と 少しのヨモギ
薪にする枯木を拾い集めて 一日を暮らす
一生を暮らす のではない
ただ一日一日
一日一日と 暮らしてゆくのだ





「夏の朝」

山の上の空が
しん と澄み
きょうも 上々のお天気である

浜木綿(はまゆう)の真白の花が
その青空に
匂うように咲きだし

白木槿(むくげ)の花も
凛々と
その青空を 讃えている

白い花たちと
子供たちの無垢の希望と わたくしと
すべてのことは 同時進行

山の上の空は
しん と澄み
ただここに ひたすら在ればよいことを 伝えている





「海辺の生物(いきもの)たち」

海辺の生物たち というと
ぼく達はすぐに ウニやヒトデや 貝たちや
小ガニの姿などを思い浮かべるけれど
じつはぼく達人間も
そうした海辺の生物たちの 一員にすぎない

人間っていうのは
海辺の生物の一員だったんだって考えると
それだけでとてもうれしくなるが
それだけではない。

人間というのは
永遠という
それ自体 光であり 究極であり 至福でもある存在の
ほとりに住む生物たちの一員であり
“その名”を呼ぶことさえもできるもので
事実として
その結晶体でさえあるものである

人間っていうのは
海辺の生物の一員であり
海の結晶の ひとつの形なんだって想うと
それだけでうれしくなるが
それだけではない。

人間というのは
永遠の永遠という
それ自体 光であり 究極であり 至福でもある存在の
人間という名の結晶体でもある。

ね。
それだから今日もぼくは
青い海のほとりで つまり永遠のほとりで
海を讃える歌と
永遠を讃える歌を
ヒトデのようにウニのように歌っているのです。











by yamanomajo | 2019-10-09 19:51 |

雪の多い北国で田舎暮らし。独りでいることから何かを見つける人生。カラスたちが友達。自然農で野菜作りをしています。


by yamanomajo