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美しき時 竹内てるよ詩集


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「真実」

自分をうそつきに落す位ならば
むしろ いさぎよく死のう
社会は 真実に生きようとするものに
全身の敗北 これ一つを残した

悲嘆は単なる身の上の不合理ではない
貧乏や 病苦を泣いている時代はすぎた
常に私は
信ずるみちにひたむきである
たとえそのことのために
誰にすてられても
未来をもたない信頼
進展のまえにしりごみする友情
そんなものは 要らない

負けるな!
私は天真の人間を感じながら
幸いにも 常に 確信をもつ
正しいみちに生きてゆくことの自負に
心よ 一切を超克しよう




「ひとりの時」

くれなずむ窓の下にすわって
じっと いつまでも ひとりでいる
その静かなる時が 私は好きだ
一日の仕事も かきものも終わって
新しい花など 花さしにさせば
花のむらさきから 静かに夜が来る
じっとすわってひとりのときほど
最も大ぜいの人間であるときはない
私は他人の不幸を自分の身内に感じ
ひとしく自分の幸せを他人の上にうつし
その血を同族のために流す
それほど高められたわけではないが
決して孤独ではない

くれなずむ窓の下に一人すわって
もし それが雨上がりでもあれば
霧は ほのぼのと 北から暮れる
宿望を胸にくりかえすまでもなく
乏しい生活の借銭の申しわけも思わず
無心に 風に揺れる白萩の枝を見つめる
こんなときほど 幸せのときはない
世界は私の中にひろがり
生き 且つ働きつつある人々と私
他人の屈辱に耳まで赤らめ
自らの安静を人のためにわかつ
そのときほど謙遜で大ぜいのときはない

人のために死ぬと大言はしないが
水のように心は静かに深みまさり
一人のとき そして最も大ぜいのとき
世界の切望は ひそかに胸に鳴って
ああ 私は こんな時が一番好きだ
たとえ その放言を千人が笑っても
ただひとり その涙をしればよい




「わたくし」

ひろいこの地上に
わたくしは何一つ持っていない

くらしもまずしいし
いつも あまり丈夫ではない
長く美しい くろかみも持たない
併し わたくしは 持っている
心のあたたかな友達と 美しい大空
夕べ夕べの星たちと つつましき地上の花

さいごに たった一つ
ささやかなる人生への愛と誠実
人は いつまでも生きてはいない
さびしき旅なるこの一生に
これ以上の 何が 要ろうものぞ




「サルビア」

私のきょうの瞳をみたか
六月の花 サルビア
じっと両手をかさねて
雨にけむる この花の紅をみていると
きりっと 心が勇んで来る

烈しい風に向かってすすめられる
たたかいの旗のように
こんなにつよく こんなにあたたかく

私のきょうの頬の色をみたか
六月の花 サルビア
ながい病患を終って
いま更生の日が来た

生きてゆくべきこの人生に
私は何一つ知らない
たった一つのことの他は

きびしい苦悩の春秋に 失うべきものはすべて失い
そして ただ一つのものを残した
それは かぐわしい人生への愛だ

私のきょうの髪の毛をみたか
六月の花 サルビア
微風に乱れ もつれながら
毛根には漸くつやがかえって来た

女として母として生きるために
失わざりしこの一つの愛こそは
長き今後の生涯にかかげる
私の聖火である

私の指先をみたか
六月の花 サルビア
人知れず土をおこして 古い日記を埋める
爪のしっかりとした 私の指をみたか

よしんば今より後の生が 何でもあれ
世界の女性がなすなる
その生き方をもって
花よ 私は立派に貫いて生きよう
こびず 恐れず おしみなく
しかも確信をもって




「ほたるぐさ」

なつぐさ
かさなりしげる その下に
今年も ほたるぐさが 紫に咲いた

わが友よ 人生には
たった一つこの花に似た思いがある

富を思わず 名をいわず
報い少なき仕事をして
その一生を 生きる人の
深き誠実と 愛とである




「女性の幸」

こころ静やかに
幼きものに 乳をあたうる
そのひとときの 深き女性の幸

やわらかき唇の
小さき花びらはかぐわしく
愛とまことを母の胸より吸えば
育て 天地の花のごとく

こころ澄まして
幼きものに乳あたうる
そのひとときの 深き女性の幸

つゆほども
よこしまなる思いを許すことなく
今日の母の清浄を
遠き未来につなぐ
さわれ
これにかわるべき偉業 女性になし
これにかわるべき偉業 女性になし




「流雲」

雲がゆく
秋 十一月の 青空よ

雲はたたずまい
流れ 又たたずまい
たやすく 私の部屋の光をさえぎる

私は 静かに
光が再び来るのを待つ
光からへだたれたこの地階に
風は粛々(しょうしょう)と吹くので
私は 毛布を引き上げ
じっと 光の来るのを待つ

ああ 待つということは
何とたのしいことであろう
運命が
その身に幸せず
暗く みじめなみちをゆくときは
人は 行い正しく時を待たなければならない
待つということは
自らを破ることではない
内に 静かに充たされつつ育つことだ




「萩咲く」

むさしのの秋は 萩の花から来る

あるか なきかの風にゆれつつ
小さい葉裏をかえす
このしなやかなる枝をみよ

萩は
さからわず
一切を 天地にまかせて
かく 美しく 花ひらく




「生きたるは」

生きたるは
奇蹟でもなく 生命の神秘でもない
生きたるは 一つの責である

病は五つあるとも 七つあるとも
どの一つもが 不治なりとも
死んではならない ときに死ぬまい

生きたるは 一つの責務
正しく死せんための 一つの証(あかし)
正しき死にあってのみ
いかにして いのちを惜しまん

生きたるは一つの責
不安と苦痛にも 麻薬を用いず
正しき いのちの寿を守るため

生きたるは一つの愛
さびしさにも 不幸にもいたずらに嘆かず
自らのたましいを 汚さざるため

生きたるは
奇蹟でもなく 生命の神秘でもない
生きたるは
唯一にして 無二の責務

かなしくも いまだ
死に価することをせぬため

生きたるは おくればせても
死に 価して死なんためなり




「一つの声」

暗の中からきこえてくる一つの声がある
生きてこの世に何を働けるぞ と
私は 小さく遠慮がちに答える
ああ 私は 何にも と
たそがれ微風にゆれてひらく花一つ
よしんば色が美しくないとしても

衆に秀でたかおりを持つ
一つの声はきく
お前は生きて何をするぞ と
私は答える 心 すまして
わびしくも生くるこの一生に
私はすぐれて何一つ出来なくても
人を汚さず 自らをすてず
ねたまず 詫びず 静かに生くと




「いのち新し」

あわい桔梗(ききょう)むらさき
その空のかなたのきびしい寒波

口をひらけば人々の不安を語るとき
わが庭のさくら小さく新芽をふくみ
乙女椿は かたく宝石ほどの蕾を待つ

自然は 新しい手のすべてを支度して
医者のごとく 風雪をしのぎゆく
その真剣にして備えある姿をみよ

私たちは いのちの尊厳を愛し
生きるに難しい今の世の現象にあわてず
信ずべきを信じ まっすぐに生きてゆく
そのことのいとなみに しっかり立とう

よしや落伍するものの一人であったにしても
その時までをつよく清らかに生きて
心静かに 死ぬべき時に死にたい

寒風と氷雪の中をしのいで
やがて花ひらく これらの花たちは
悲哀あるとき 最も立派なものの姿
ああ真の絶望を知らずして
どうして希望を語る資格があろう

おびえず あわてず
愛くるべき苦悩はもれなく受け
烈風の中に 毅然たる雄魂をもって
いま新しき世界に 生きよう

このとき 私たちは みんなだ
よわい おたがいの胸をつなげて
力のかぎり しのぎゆく
いのち新しき みんなだ


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by yamanomajo | 2021-02-05 11:27 | 言葉