人気ブログランキング | 話題のタグを見る

服部つや 遺稿詩集 / 天の乳


服部つや 遺稿詩集 / 天の乳_d0366590_05315618.jpg

歌をよむこと、文をかくこと、そうして、詩をつくること、それは私にとって絶対の喜びである。もしも、もしも、この喜び、たのしみなるものが私より離れたときその時こそは、私のすべて―――ほんとうに自分といふもの、すべてが終わったときである。




「はたちの春の殿堂」

うねりうねった黒いリボンのように
私の胸に焼きつけられた去年の日の禍事は
素焼の壺に秘めました
そして晦の夜 たった独り 丘に出でて
月の光に濡れながら 私は
涙と共に 大地の下に埋めました

天地は 新しく甦えり
神々しい陽の光に
東の空の燃える頃
はたちの春の殿堂は
私の胸に
立派に築き上げられました

さあ祈りませう
平和な この雰囲気に
ふんわりと包まれながら
浄い身体(からだ)と 浄い心で

おゝ 神様!
悔いと不平と さまざまな悲しみのために
荘厳な殿堂が 黒く穢されぬことを
そして 紅と淡紅と紫とまた緑の花とによって
清く美しく飾り給わんことを




「嘗て唄へる」

ただ独り
黙々として 歩むによし
ここ 野辺の路
前に人なく 後へに人なく
静寂はあたりに満ち満ちて
今し わが心
深き思いに沈みゆく

ただ独り
黙々と君を想うによし
ここ 野辺の路
君を偲ぶにふさわしき
うすむらさきの わすれな草
そして四ッ葉のクローヴァも
かたへにあるゆえ

ただ独り
黙々と来る日を想うによし
ここ 野辺の路
照り輝く太陽と
爽やかな風の中を
幸いの翼にうちのりて
今し わが心
果てしなきみ空を
かけりゆく




「魂に告ぐ」

いとしい私の魂よ
しずかに独りを守っておいで

孤独の悲哀が
どんなに深くあろうとも
夕暮れの小窓によって
さめざめと寂寞を嘆く
おまえであろうとも
より以上の幸いを
求めてはならない

大きい喜びを願う心
やがては それが
永遠に癒されぬ心の傷手
数倍の悲哀を
もたらす源となるのだから

幸福は 真夏に咲く
毒空木のように
そしてまたは秋咲く
彼岸花のように
遠くで見ている時にのみ
美しい

うるわしい あの影に
深く秘められた 毒の液を
誰が思い及ぼそう

与えられた運命に
満足して静かに
「寂」そのものに浸っているのが
お前にとって一番尊い。

いとしい私の魂よ
唯独りを守っておいで
孤独の悲哀が
どんなに深くあろうとも




「忘るまい」

よしや
わすれなぐさの押し花が
醜く 色褪せてしまっても
学び舎の 丘の上に
四ッ葉のクローヴァを
尋ねる日は なくとも

それを そのまゝ
私の心が 干乾びてしまったとは
人々よ
なんという悲しさだろう

人形の顔に しみが出来
首がぐらぐら 動こうとも

嘗ての日の なつかしい夢が
次第々々に 遠のこうとも

いつまでも 私の永劫に
あの頃の心を 失うまい

水晶のようにすきとおった
明るい心に
四ッ葉を求め
あどけない思いに
忘勿草を秘めて
人形を愛する 心もちを
あゝ ほんとうにいつまでも




「母の愛」

花のたよりが
どんなに心を
そゝろうとしても
私は少しも
憧憬(あこがれ)ない

小さく貧しい
部屋ではあるが
日がな一日
母と共に閉じこもって
穏やかな日を持っているのだもの

萎ぼまぬ花と
色褪せぬ花とを
求める人があるならば
私は 躊躇(ためら)わずに
母の愛を指差そう

澄み切った 秋の空
ひろびろと果てしない海の面
暖かくふりかかる 春の陽ざし
それをみんな集めたなら
母の姿を まのあたり見るようだ

巷は 春の闌(たけなわ)だけれど
花のたよりを よそに
私は今日も
痛める胸を
ふかぶかと母の愛に浸している




「天の乳」

ひそひそと しめやかに
それでいて まあ
なんと喜こばしげな
春雨のうた声だろう

大地は 静かに扉を押して
黒々と満ち足った微笑を投げ
木々の枝は 音もなく
冬の衣を脱ぎ捨てて

萌え出でた
青い小さな生命よ

飽くこともない “おっぱい”に
瞳 輝やかせて
何という雄々しさで
身の成長を急ぐことか

おゝ 天地をこめての
うるわしさは やさしい
あの唄声と共に
恵まるゝ 味よき乳をもて
華やかに匂いわたろうものを




「みどり色の水」

カップに溢れた
みどり色の水
静寂か―――
沈黙か―――
冷やかな水の感触
私の指は青白く踊る
水の精の軽いくちづけ
おゝ
その ひとときの幸い




「八月の朝」

さらさら
葉っぱを
揺りぬけ
紫の影を乱す

風鈴のさざめき
はちす葉に
まろぶ しろきたまゆら

ま夏の暁の心よさ
静寂―――
歓喜―――




「真夏の姿」

散りかかる
散りかかる
日光の金粉
金粉にくるめく
黄金の花
まともに受けた
青葉のまぶしさ
おゝ
ま夏の陽は
踊る
強く―――烈しく




「晩秋の林にて」

「さようなら さようなら
苦しくもまた楽しかった
私の懐かしい過去の日よ」

晩秋の薄ら冷たい風の中に
わたしは 小声でそう言った

林に一人 思い出の種と
そして 色とりどりの夢をくれた
越し方の日を 遥かに慕いて
双の瞳をうるませながら

おゝ そして
涙の瞳を輝かせて わたしは叫んだ
「幼な児に還りましたよ
赤ん坊に還りました」と




「旅人」

あゆみつかれた
旅人は
頭うなだれ
とぼとぼと
山の端近くゆきました

たった独りと
つぶやいて

まつげ伏せつつ
旅人は
西のみ山に
沈みます

ひとたび逝きては
帰りこぬ
今日という日の
旅人を
私は静かに
送りませう




「ひとりぽっち」

空で ひとりぽっち
一つ星

海で ひとりぽっち
はなれ島

山で ひとりぽっち
一本松

柱にもたれて
もの思う
わたしは
家で ひとりぽっち




「コスモスの死」

音もなく―――
白い肌えに
銀のナイフはあてられた

コスモスは
白い死をむかえた
静かに………

美しきものゝ儚なさを
しみじみ知ったその時
コスモスは 早や
滅びの門をくぐっていた

滅びゆく静かな姿!
厳そかな尊い死の姿!

ほろりとこぼれた
かすかな音は―――
夕闇のなかに寂しくきえた




「ふるえるつゆ」

笹の葉末に
ふるえるつゆよ
なんて微かな
あのいのち
風よ
そうと吹いとくれ
虫よ
そうと飛んどくれ
笹の葉末に
ふるえるつゆよ
なんて微かな
あのいのち




「秋の宵」

提灯二つ
秋の宵
お母さまと
たった二人
田舎へ道を
いそぎます

提灯二つ
秋の宵
明日から 田舎で
暮します




「雀」

川原蓬は
枯れたのに
雀きて鳴く
今日も啼く

川原の水も
凍てたのに
雀また来て
今日も啼く

凍てた川原に
風ふくに
また来た雀の
唄うたい




「雪のおはなし」

なあがい ながいはなしです
しいろい しろいはなしです
窓の頁に
さらさらと
書いては 消える
まぼろしの
ゆきのはなしのながいこと




「落葉」

林の中で
さらさらと
白銀(ぎん)のピアノが
鳴っていた

森の奥でも
さらさらと
黄金(きん)のピアノが
鳴っていた

風吹くたびに
さらさらと
誰かが唄を
うたってた


服部つや 遺稿詩集 / 天の乳_d0366590_16585353.jpg









by yamanomajo | 2021-03-28 05:45 | 言葉