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星といのちのうた 世界はうたでできている

びろう葉帽子の下で / 山尾三省

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「ある夜に」

私の形而上学は
静かさと深さ にある
私の喜びは
静かさと深さ にある
私の光は
静かさと深さ にある
静かに深く ただそこにあれ




「水の音」

水の音を聴きながら
水の音に溶けている
かつて私を導いた 寂しい西行法師の後姿は 今はもうここにはない
ここは水の郷(くに)で
水の音が法(ダルマ)である
生きている水の郷で 生きている水が法である
水の音よ
水の音よ
ここは静かさの郷で 静かさが法である
水の音を聴きながら
水の音に溶かされている




「水が流れている」

山が在って
その山のもとを
水が 流れている
その水は うたがいもなく わたくしである
水が 流れている
水が 真実に 流れている




「存在について」

存在は
流れてやまない
水の真実 のように
しかしながら
存在は
静止してやまない
石の真実 のように
存在は
生まれて死ぬけれども
生まれもしなければ死にもしない
存在は それゆえに
ひとつの祈りの現われであり
祈りの姿である




「存在について」

最も深く祈っているとき
人は 手を合わせはしない
しかしながら
最も深く祈っている時
人は 手を合わせている
存在は
そのようにして 人を開示する




「静かさについて」

この世でいちばん大切なものは
静かさ である
山に囲まれた小さな畑で
腰がきりきり痛くなるほど鍬を打ち
ときどきその腰を
緑濃い山に向けてぐうんと伸ばす
山の上には
白い白雲が三つ ゆっくりと流れている
この世でいちばん大切なものは
静かさ である
山は 静かである
畑は 静かである
それで 生まれ故郷の東京を棄てて 百姓をやっている
これはひとつの意見ですけど
この世で いちばん大切なものは
静かさ である
山は 静かである
雲は 静かである
土は 静かである
稼ぎにならないのは 辛いけど
この世で いちばん大切で必要なものは
静かさ である




「土」

土は 静かである
土の静かさは 深い
人間の どんな沈黙よりも
土の沈黙は さらに深い
鍬という
人間の道具をたよりに
その沈黙を掘る
まるで夢のよう まるで祈りのよう
ただひとつの
いまだ知られぬ 静かさを掘る




「真事(まこと)」

草を刈れば
草を刈ることが 真事(まこと)であった
雨が降れば
雨が降ることが 真事であった
いろりを焚けば
いろりを焚くことが 真事であった
島人に会えば
島人に会うことが 真事であった
真事の しばり
真事の 旅
ぼくがここに在れば
ぼくがここに在るという 真事であった
真事の しばり
真事の 旅
草を刈れば
草を刈ることが 真事であった
いろりを焚けば
いろりを焚くことが 真事であった




「水」

ぼくが水を聴いているとき
ぼくは 水であった
ぼくが樹を聴いているとき
ぼくは 樹であった
ぼくがその人と話をしているとき
ぼくは その人であった
それで 最上のものは いつでも
沈黙 であった
ぼくが水を聴いているとき
ぼくは 水であった




「びろう葉帽子の下で」

びろう葉帽子の下で
海を見る
人々は進んで行く
世界へ 世界へ
宇宙へ 宇宙へと めくらねずみのように 進んで行く
わたくしはむしろ退く
わたくしへ わたくしへ
土へ 石へ 森へと退く
びろう葉帽子の下で
海を見る
じっと 源(みなもと)の海を見る




「こおろぎ」

こおろぎが
静かに いっしんに 鳴いている
文明も 進化も 滅びも
ここには ない
地のものであり
地である こおろぎが
静かに いっしんに 鳴いている

こおろぎが
静かに うつくしく 鳴いている
水さえ流れず
なにものも 流れず
地のものであり
地である こおろぎが
静かに うつくしく 鳴いている




「存在」

妻を失った わたくしの
すべての悔いと
号泣を のみこんで
山は ただそこに在り
海もまた ただそこに在り
なおかつ 静かに
川が流れている
水が 流れている






by yamanomajo | 2022-11-10 17:53 | 言葉