<   2018年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

夏の畑、収穫、失敗と学び


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今年最初のジャガイモ(男爵)の収穫。



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小さな可愛い大根たち。



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カボチャ。
ダイナミックな成長力。


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着果して間もない白皮栗カボチャの肌は、
卵のようにテカテカで美しい。


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次々と着果するカボチャたち。
毎朝カボチャたちの様子を見に行くのが楽しい。


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どこからともなく現れてカボチャの受粉を手伝ってくれるハチたち。
人が何もしなくても命が育まれる不思議。
命とは本当に不思議なもの…

彼らの一心不乱な姿を見ているだけでも微笑ましく、
時が経つのを忘れて見守ってしまう。

ハチたちは花粉を集めているのだろうと最初思っていたけれど、
どうやら花粉ではなく花の蜜を吸っているらしい。


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被ることなく間隔をあけて規則正しく並ぶカボチャの葉の不思議。


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よくカボチャの上でカエルが日向ぼっこをしている。



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キュウリも今年初収穫。



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ナスの花。



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ソラマメ。
さやの後ろが空に向かって生長するからソラマメというらしい。



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枝豆の葉。
夕暮れの光に照らされ透き通り、とても美しかった。



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トウモロコシの葉の上にいたバッタ。
顔が可愛い。



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なぜか今年、畑で大量発生しているコガネムシ。
枝豆や果樹の葉をたくさん食べてスカスカにしている。
不必要に草を刈りすぎたため彼らの食糧がなくなり、
野菜や果樹のほうにやってきて食べているようだった。
虫の営みと草の量のバランスについていろいろ考えさせられる。

必要なところは刈らなければいけないけど、
虫たちのための草も残さないといけない。
虫たちの食糧や住処をすべて奪わないこと。
本来、自然界に対しては何もしないことが最善だから。

その時その時の状況を見極めることの大切さ。
失敗して気づかされることばかり。
畑という場所でいろんなことを学ばせてもらっている。



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畑にいたクワガタのメス。
山の木に返してあげた。

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by yamanomajo | 2018-07-18 20:44 | 自然農

夏、青さ、自転車をこぐ


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by yamanomajo | 2018-07-15 21:02 | 四季

宇宙の宝石


里芋の葉の上の雫。
自然が生み出す宝石。


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by yamanomajo | 2018-07-14 13:18 | 命・宇宙

海獣の子供 4~5巻 / 五十嵐大介


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波も…
雲も…
わたしの目に見えるほとんどは
人間じゃない

世界の大部分は“人間じゃないもの”でできてるでしょう?
だからわたしは人間じゃないもののほうを多く見る。
でもどうやらそれはダメらしい…

世界を割合の通りに見ているだけなのに、
どうやら他の人たちは違うらしい…


・・・


ジムは死がキライだから。
いつも死を追い払おうとしている。
どうして?
形が変わるだけなのに。

生まれる
食べる
食べられる。
体の一部になる。
土になったり、
森になったり。
変わりながらぐるぐるまわる流れの中の一瞬にすぎないのに。

俺の中に「死」なんてなかったよ。
俺に「死」をくれたのはあなただ、ジム。

人間だけが「死」までの区切られた時空に閉じ込められている。
古くは違ったのに。


・・・


あの巨人が示しているのは“世界の姿”だ。
そういう神話があったろ?
世界が人体だとするなら僕らは中身…
山や海や生命はきっと内臓や血液なんだろう。
それは地球をひとつの機構(システム)として捉える考えと同じものだ。
はるか昔の人間は誰に教えられるでもなく、感覚的 経験的にその事を知っていた。
今でも本当はみんなが知っているはずなんだけど、意識のレベルにあがっていない。
何が違ってしまったのか…

ねえジム。
僕とあなたとの違いがわかる?
“言語”なんだ。
僕はごらんの通りおしゃべりだけど、言葉のない世界を持っている。
世界を受け止める事、認識する事を、言語に因らずしているんだ。
あのころと同じように…

言語は性能の悪い受像機みたいなもので、
世界の姿を粗すぎたり、ゆがめたり、ボヤかして見えにくくしてしまう。
“言語で考える”って事は決められた型に無理に押し込めて、
はみ出した部分は捨ててしまうという事なんだ。

鯨のうたや鳥の囀りアザラシの泳ぐ姿のほうが、
ずっと豊かに世界を表現している。
きっと昔は人類も同じだったはずだよ。
鯨たち…海の生物たちと同じ…
そのとき我々も…海そのものであり宇宙そのものだった…
かつて人間も…気高いケダモノであったのだ。

同じ“言葉”でも“詩の言葉”は音楽に近い。
僕はね、音楽や詩はこの宇宙のいたるところに満ちているものだと思う。
そしてきっと。
生命も同じところから来た…

今起こっている事は誕生の物語りだ。
“星のうた”もその事をうたっている。

僕たちは誕生の物語りの中にいる。


・・・


世界の秘密はヒントを、あるいはそれそのものを様々な形で現している。
鯨が抱く女神や、島の時をすり抜ける少年の姿を借りて。
海亀の瞳の色や、海岸の木の葉の形、風の肌触りを通して、
わたしたちに語りかけている。
お前の小さなてのひらの中にある物語りにも、世界は姿を借りて潜んでいる。

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by yamanomajo | 2018-07-11 19:39 | 言葉

今年の初収穫、梅雨の畑、命の歌


北国も梅雨に入り毎日雨、曇り空が続いています。


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今年の初収穫は春に種まきした大根でした。
小ぶりですがやはり収穫は嬉しいものです。



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トマトは実が少しずつ大きくなっています。



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草たちと一緒に生長するキュウリ。


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キュウリの赤ちゃん。



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里芋。



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サツマイモは蔓の生長が勢いづいてきた。



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カボチャの生長はいつもダイナミック。
今年は去年よりも葉っぱの大きさが目立つ。
ハチたちは花粉集めに大忙し。


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着果したカボチャの雌花。(7月2日)


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7月8日の姿。
わずか6日でこれだけの成長力。
これもまた生命の喜び。
命を歌う命そのものと、命の歌を聴き、見守る人間の喜び…



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トウモロコシにもトウモロコシだけの歌があるよう。



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命の歌は色、形、内部、外部、いろんなところに宿っている。



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畑の虫たち。
彼らもまた尊い存在、尊い命。

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by yamanomajo | 2018-07-08 18:42 | 自然農

運命を知ること、愛すること


どんな人間にも運命というものがある。
すぺての人が運命を宿している。

そうあるべくしてそうあり、
そうなるべくしてそうなる。

自分の意志や選択というものではなく、
必ずそうならなければいけないものがある。


運命は苦しみや不幸を与える。
けれどその苦しみや不幸には意味がある。
意味があるからそれはその人に降り注ぐ。
意味のない苦しみも、意味のない不幸もない。

どんな形であれ、どんな方向であれ、
運命はその人の人生を変え、大河に浮かぶ船のように、
新しい地へと運んでいく。
人はその運命の力に逆らえない。
それは運命であるから。

運命とは、外部からやってくるものではなく、
自分自身の内に宿っているもの。
その人自体が運命だから、どこに行こうとも運命は共にある。
その人が、私自身が、運命そのものだから。

私たちにできることは、自分の運命を知り、それを受け入れること。
運命に逆らい、恨み、抵抗するのではなく、
運命を、あるがままの自分を、あるがままの人生を、すべて受け入れること。

運命との融和。
自分と運命とは別物ではなく、それは同じものであるということ。
自分とは運命であり、その運命は自分そのものであるということ。


一輪の花は、一輪の花として生まれた。それは運命。
花はそれに逆らわず、恨まず、抵抗せず、そのあるがままを生きている。
運命を受け入れようとすることもなく運命を受け入れている。
そうであり、そうあるしかないのだ。
一輪の花は、一羽の鳥になることはできない。


ただ、そうあること。
それは運命だから。
その運命であるということが、その存在の意味。
確固とした意味。
そこから何かを汲み取ること、見つけること。
気づくこと。
理解すること。

自分の運命を読み取り、自分自身を読み取り、自分自身と融和し、
本来自分がどうあるべき人間なのかを、
どのように生きるべきなのかを悟っていく。
無理なく、ごく自然に。


ギリシア語に“ステルゲイン”という言葉がある。
この言葉は“あきらめて運命にまかせる” “運命の甘受” “運命愛”を意味するという。

運命自体が自分自身であることを悟ること。
運命を愛するということ、それはほかならぬ自分を愛するということ。
運命を愛することは、自分の人生を愛すること。
喜びも、幸福も、自由も、自分自身との融和にある。

自分が運命と“ひとつ”であることを知るとき、迷いや疑いはなくなる。
迷いなく、疑いなく咲く一輪の花のように…

花が花でしかあり得ないように、そこに選択の余地はない。
運命とは、選択の余地がないということだ。
そうあるようにしかないのだから。
そうなるようにしかならないのだから。


起こることに意味がある。
そうあることに意味がある。
そうなることに意味がある。

何が起ころうとも、それをそのあるがままに受け入れること。
苦しみも、悲しみも、喜びも、幸せも。
運命は、留まらず、刻々と、流れている。生きている。
運命は「生」そのものだから。


運命を知ること。
自分を知ること。
運命で“ある”こと。
自分とひとつになること。

大地に咲く、小さくも力強い一輪の花は、
生をどう生きるべきかを人間に教えてくれている。


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by yamanomajo | 2018-07-05 12:12 | 思い